若いときの天才

さて、スポーツの世界には天才と呼ばれた人間が結構な数います。ところが皆さんの認識で引退した後にあいつは本当にすごい選手だったとなるのはかなり珍しいでしょう。しかも不思議なことに若い時に天才だと評された人ではない人が、最後には名選手だと言われることもよくあります。では一体若い時に天才だった人はなぜそのまま成長できないのでしょうか。

まず第一にただの誤認識があります。よく20年に一人の逸材という言葉を2年に一回ぐらい聞きますが、それをそのまま鵜呑みにすれば人の認識はかなり上振れしやすいということかと思います。つまり、一度こいつは天才だと思うと、どんどんと期待値が高まっていってこれはとんでもないことになるぞとなっていくわけです。バブル状態のようなものでしょうか。

ところが、多くの場合若い時天才と呼ばれている人というのは、ゆらぎの上振れのようなものと言えます。何事も物事は常に平均値を移動するわけではなく上にぶれたり下にぶれたりしていきます。十数年かけて動きを見ていればそれは上振れに過ぎないとわかってくるのですが、最初の上振れの時はそれが上振れなのかそれとも本質的な上昇なのかがわからないわけです。冷めた意見になってしまいますが、前半飛ばしている選手を見て天才だと評してしまっていたに過ぎないということがまずあります。

もう一つ厄介なことは、周囲の熱狂です。何しろ天才自身も、それからその親も、そして指導者も、更には周辺も、天才と呼ばれる人に触れるのはだいたいにおいて初めてなわけです。舞い上がらないわけがありません。これは他とは全然違う。今までとは桁違いだ。そういう評価を内部もさらに外部のメディアからもされ、どんどんと気持ちは加速していきます。いくら落ち着こうと思っても落ち着くのはかなり難しいです。けれども実際のところ、あいつは全然違うという言葉は僕の現役時代だけでも何度も聞きました。その中で本当に他とは全然違う存在になった人は一人だけでした。

さて、熱狂の最中では、どうしても地に足がつきかねるところがあります。その状態で行われるトレーニングも、そして意思決定もやはり地に足がついていないことが多く、結果として少しずつ本人も周囲も気づかないままにずれが生じてきます。厄介な話なのは、ずれはすぐに出るとは限らないということです。何年もかけてずれは心の奥底で進行していき、競技人生のいざ本番の時、または引退してからの人生でそのずれは顕在化していきます。普通の社会人と同じように、年齢がいくほどこのずれを是正するのは難しい印象があります。ずれについてはまた機会があれば書いてみたいと思います。

兎にも角にも、特別な環境を作ってうまくいく人は、極めて稀だと私は考えていて、そんな割の合わないギャンブルをするよりは、自分は平凡であるというところからスタートした方がとてつもない偉人になれなくても、それなりに成功しやすいと考えます。



センター長 小森 清敬


 

祝 第111回生 日本競輪学校 合格

以前、精華清水ブログにも登場した菊池君が見事、
第111回生 日本競輪学校(競輪)に見事合格しました。
2次試験前、午後から精華清水の教室で精華清水の生徒達と共に勉学に励んでいました。


 本日(1/15)のスポニチに掲載 ↑


 センター長 小森 清敬

 

公認コーチ 研修

平成27年12月23日〜26日まで、味の素ナショナルトレーニングセンター(東京)に
陸上競技公認コーチ免許取得のための研修(テスト)に行ってきました。
各都道府県の陸上競技連盟推薦者が集う場の為、場違いのような気持ちでした。
とにかく厳しい4日間でした。又、とても勉強になった4日間でした。


各スポーツ 日本トップアスリートの集う場 ↑  ↓




 日本陸上競技連盟 短距離部長 苅部俊二コーチ 指導 ↑

 コーチングスキル向上のための授業 ↑


各都道府県の監督・コーチのスキルの高さ、又、東京オリンピックに向けた本気度、
準備を感じられた時間でした。


センター長 小森 清敬

 

終業式

3年生の卒業試験も終了し、本日は終業式でした。


 冬休みの過ごし方について ↑

 後期試験について  ↑

 生徒会長 K君の高校生活を振り返って  ↑

本日は久しぶりに会う生徒・後期に転入学してくれた生徒など、
多くの生徒が終業式に参加してくれました。
教室は久しぶりの満員御礼でした!


 センター長 小森 清敬


 

進路決定

3年生の進路決定 第1号


株)エイジェック 内定 S君(左)

静岡デザイン専門学校 内定 Uさん(真ん中)・Nさん(右)


センター長 小森 清敬



 

久しぶりの体育活動

昨日(11/17)久しぶりの体育活動を長崎新田G貸切で行いました。
テニスの後、恒例のサッカーを行い、久しぶりという事もあり、
転倒する生徒が多々見受けられました。非常にたのしい時間でした。


最後のグランド整備(トンボがけ)


センター長 小森 清敬
 

変えられないもの(環境)

最近、ブログの更新がないですね。とよく言われる。確かに久しぶりの更新になってしまった。ツイッター・フェイスブックにしても2年程更新していない。もちろん他の人のものも見ない。理由はただ一つ。人に左右されたくないから。私がこう思うようになったのは環境が大きい。今日は環境について書いてみたい。

友達に数人英語をほぼ完璧に喋る人間がいる。(アクセントがある人とない人両方存在する)彼らが言うには12、3歳あたりを過ぎて英語を使い始めた人はアクセントが抜けないらしい。

二足歩行のやり方は各国違う。日本人は手をあまり振らず歩幅も狭めで、水平移動するように歩く。アメリカ人は上下動しながら大股で手を振って歩く。アジアでも韓国中国系の女性はガニ股が多い。日本人は内股が多い。

これらの身体動作の癖は私の考えでは生涯抜けない。所作の多くは物心ついたかどうかの時期に模倣によって得られ、そしてほぼ無意識で繰り返され、身体に染み付いていく。日本人が20歳をすぎてアメリカ人のようになろうとしても、アメリカで生まれ育った日系人のようにはなれないと思う。12歳をすぎて体操を始めてオリンピックに行った人は稀だ。

木を見る西洋人、森を見る東洋人という本がある。水槽に大きな魚が泳いでいて周辺に小魚が泳いでいる。アメリカ人の多くは大きな真ん中の魚の特徴に言及したらしく、東洋人は周辺の魚や生えている海藻に言及したらしい。物事の見え方すら生まれた環境で定義され、そしてそれはその後変わらない。

調味料の会社、食べ物の会社は子供達になんとかして食べてもらおうと頑張る。ある年齢までに覚えた味は生涯にわたって残っていくらしい。味覚や、好み、何を心地よいと思うかも、ある程度環境に影響され、そしてそれは生涯変えられないものとして残る。

変えられないものに対し、二つの態度がある。受け入れるか、抵抗し続けるか。どちらの態度を取るのかということすら、育った環境に影響されるという人もいる。


センター長 小森 清敬

 

記憶について思う事

考えてみると私たちが頭に浮かべたものはすべて記憶と言えるのではないか。今聞いた誰かの話し声を頭に浮かべることも0.数秒記憶ができないと、想像することもできない。数十年前の記憶から、今この瞬間の記憶まで、幅はあるにせよ、記憶の世界で物事は考えられている。

記憶を考えてみると、その時にあるものをそのまま記憶しているわけでは無いというのがわかる。目の前のテーブルの上にコーヒーがあって、友達がその向こうに座っているというのを記憶するのではなくて、そのときの気分や話の内容から感じたことを人は記憶する。心象風景や気分を記憶している。

私は常々健全な精神を保つコツは、”あれはなんだったのか”をうまく編集することだと考えている。つまり過去に起きたことをどういう風に編集して要約して記憶させるかが、現状の自分の精神状態に大きく影響するということです。例えば、私の最初の話(講演)は支離滅裂で散々だったがそれを”準備が結果を決める”と捉えるのか”自分はしゃべることは向いていない”と捉えるのかで自分に対する評価がずいぶん変わり、また行動も変わる。

何かに思いつめやすい人は、この過去の記憶が固定されていて、故に現状の自分も固定されている印象がある。つまり過去に起きた出来事が揺るぎない事実として捉えてある。ある出来事を”自分がそう解釈した”ではなく、”そういう出来事が起きた”として捉えてある。その人の中では編集された記憶が事実として捉えられているから、編集し直すという意識すらわかない。思い詰める人は、捉え方を変えられない。というよりも本人の中では事実だけの世界を生きていて、捉え方という考えがそもそもない。

成長する人は記憶の編集がうまい。いわゆるテクニカルな学習と違い人生においての学びは、起きた出来事を抽象化し、捉え直すということで行われると思う。孔子の言葉などに近い。どのレベルまで抽象化するかが学びの質を決めると思っていて、例えば先日のラグビー日本代表の試合を見て”やっぱり練習量が大事だな”と捉える人と、”戦略もさることながらそれを実行する意思力が大事だな”と捉えるかで、明日からの行動に変化がでる。

私たちは事実を覚えているのではなくて、それを認知して編集されたことを記憶している。そのバイアスはなんなのか、本当は違う見方もあるんじゃ無いかと考えることで、随分と記憶は変わると思う。仏教でいうあるがままをみよとはこのバイアスすら外してしまえということだろうと思うけれど、これは難易度が高い。

勝利の条件と結果の検証

私が度々思う日本の悪い癖に、勝利条件(今回の場合、成功の基準という意味も含む)が試合の前後ですり変わるということがある。例えば試合前は勝利が目標だとしておいて、試合後は成長が目標だったということや、戦争中に今回の作戦は敵部隊を殲滅するのが目標と言っておいて、こちらが壊滅的打撃を受けると相手には驚異を与えたから成功だったと言ったりすることだ。

勝利条件を前後ですり替えてしまうことの最大のメリットは失敗をなくすことにある。試合前の目標で試合後も評価してしまえば失敗と成功がはっきりとわかってしまうが、試合前の目標を達成したときはそれで評価し、試合前の目標を達成できなかったときは、違う成果が得られたとすり替えてしまえば、事実上失敗がなくなる。

また全てには意味があるという捉え方をする人は、ある意味では勝つにしろ負けるにしろいい経験をしたから成功にしてしまう。もちろん前向きに捉えることは重要で、負けたけれどもこういう点はよかったじゃないかと考えることは素晴らしい。ただ勝負が目的の世界であればそれは敗因分析が終わった後にやるもので、負けたのにいきなりいいところしか見ない組織ではただ慰め合ってるだけで、敗因がわからず終わる。敗因がわからなければまた敗れる可能性が高い。

どうもこの皇軍に敗戦無しという考えは昔からあったようで、「失敗の本質」という本ではこれらが引き起こした問題のことが書かれていた。

勝利条件が前後ですり変わることの問題は二つあると私は思う。一つは本気で目標を達成しようとはだんだん思わなくなること。もう一つは結局何を改善すればいいのかがはっきりしないまま終わること。

目標を例えば優勝と掲げていながら、もし負けても監督が俺たちは精一杯やって学びを得たんだということが毎回前面に出てくると、それを選手が学習するようになる。負けても逃げ道があることを知っている人間は、踏ん張り切らなくなる。更には目標に向けて具体的な策を練るということをしなくなる。むしろ目標は建前の可能性があって、一生懸命に頑張って前のめりに倒れた方が勝つことよりも褒められたりするので、そういう場合は選手はそれを学習し勝つことより”絶対に勝とうとしているように見える”ことを優先する。

目標設定が試合の前後で変われば、敗北したかどうかがはっきりしない。はっきりと負けてないわけだから、なぜ負けたのか、誰の責任か、どうすればそれを改善できるかということを、本気で詰めない。だからふわっとした反省に終わり、ふわっとした戦い方で次回も試合に出て、ふわっとチームが負けていく。

グットルーザーというものがある。確かに必死で戦い抜いた時、心の底から当初想定していた勝利とは違う何かを得て満足するということがある。しかしこれは最初から意図していたのでは手に入らない。あくまで勝つことを目標とした人だけがグットルーザーになれる。

失敗の本質では、なぜ作戦は失敗したのかの検証を本気でやると、誰の何が問題だったのかまでがはっきりしてしまい、それが不和を起こすのでふわっと前向きに終わらせてしまっていたという。結果としてその文化が日本軍を追い込んでいくことになったのではないかとその本ではまとめてあった。

9月末、日本体育協会の公認コーチ研修会(IN東京)に出席した。周りの顔ぶれは各競技の一流コーチ陣で、
テレビで拝見する人ばかりだった。5年後の東京オリンピックを本気で考えているコーチ陣。
1日10時間の研修を5日間行い共にする中で、物事の経過と結果について本気で考えさせられた時間であった。


センター長 小森 清敬




 

後期 開始

前期試験も無事終了し、後期がスタートしました。


久しぶりの体育活動(サッカー)↑ グラウンド整備 ↓



レポート作成 授業(数学) ↑

センター長  小森 清敬




 


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